自由な発想を活かし、これまでになかった新しいビジネスを生み出し続ける日本旅行。では、それらはどのような段階を経て世に出るのでしょうか?ビジネスができるまでを段階を追って紹介します。
2009年10月、大河ドラマ「天地人」ゆかりの地として知られる新潟県魚沼市において、魚沼市観光協会主催の「震災復興・魚沼市政5周年特別興行~がんばろうUONUMA!~」が開催された。イベントには、共催として新日本プロレスが参加。この地域では実に二十数年振りのプロレス興行となった。当日、試合会場にはツアー客を含む2500人の観衆が詰め掛け、大いに盛り上がりを見せた。この地域振興を兼ねたイベントをプロデュースしたのは日本旅行だ。魚沼市と新日本プロレスと日本旅行による“トライアングルコラボレーション”は、様々なメディアでも紹介され、大きな話題を呼んだ。このプロデュースに関わった日本旅行の社員2名の声を通して、新しいビジネスモデルが創造されるまでについて振り返りたい。
旅行業界で、ひときわ異才を放つ二人の人物。それは“ナニワのカリスマ添乗員”こと、平田進也と寺田一義である。軽妙なトークと変身芸はリピーターを呼び、彼らが添乗するツアーは、いずれも申し込みが殺到。平田のファンクラブ組織<進子ちゃん倶楽部>は会員数約2万人を誇る、まさに不況知らずの人気ぶりだ。お客様を楽しませるためなら、一切妥協しない。そんな細やかな心遣いと、徹底したサービス精神が彼らのポリシーであり魅力である。 テレビ・ラジオへの出演や、講演依頼が引きも切らない平田と寺田。マスメディアを中心に独自の販売手法を確立しつつある彼らを中心とした事業ユニットが、2009年10月に立ち上がった。それが「おもしろ旅企画ヒラタ屋」である。部門のマネジメント役には小畑が就任。長年メディア事業で手腕を振るってきた小畑は、関西圏で人気を博す彼らを活用した、新たな旅行ビジネスを展開しようと奔走中である。